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 歌声喫茶の話
 

歌声喫茶とは
年輩の人たちにとって「歌声喫茶」といえば何やら懐かしい響きを感じるものです。
それもそのはずで、昭和30年代から40年代にかけて当時の学生や若者たちはこぞって喫茶店に出かけました。
そして、 店内でお客たちが一緒になって歌ったのです。
歌は様々なジャンルから集められ、お客たちは自分の歌いたい歌をリクエストしたのです。
リクエスト曲のリードボーカルはもちろん店の歌唱リーダーで、リードについてお客全員がその曲を歌い上げました。
歌の上手な人もいれば、ただ好きなだけであまり上手くない人もいました。
そこはそれ、みんなが歌っているのですからとにかく愉しみながら歌ったのです。
もちろん知らない歌は、歌集をみながら何度も聞いているうちにそこで覚えることができました。
やがて、お客同士が顔馴染みになって新しい交流が始まったことはいうまでもないでしょう。
当時の若い人たちにとって歌声喫茶は、歌うことでエネルギーを発散させることができたのです。
出会いと友好を形成できる価値あるコミュニティーだったのです。
青春の想い出として、鮮やかに記憶が甦るはずです。

文化の代表だった
歌声喫茶に集まってきた人たちにはいろいろな分野の人たちがいました。
学生はもとより、労働者…今ではサラリーマンやOLというべきでしょうが…、
作家や芸人といった文化人、そして歌手もたくさんいました。
上条恒彦さんはかつては歌声喫茶の歌唱リーダーを務めていたことがあります。
また、今も素敵なコーラスを聞かせてくれるボニージャックスのメンバーもいわば常連さんでした。
歌謡曲としてヒットした「北上夜曲」などは歌声喫茶で歌われていたもので、往時の歌声文化は広大な裾野を広げていたものです。
今もそうなのですが、歌声喫茶で歌われる歌は来店客からのリクエスト曲です。
たくさんの人が支持し、あるいは好まれる曲は何度でもリクエストされ、そして歌い続けられていきます。
ヒット曲をつくり出すためにプロモーションCMを大量に露出する現在の手法が当世風のようですが、
歌声喫茶で人気ナンバーがつくられるのは全く正反対の現象だといえます。
歌が好きな人たちにとって「歌声喫茶は昭和を代表する文化だ」と言わせるのもなるほどとうなづけます。

残したいビジネスモデル
なぜ歌声喫茶が隆盛を極めたのかは定かではありません。
ただ、当時の社会情勢から推測しておそらくこんな筋書きではなかったろうか。
昭和20年の太平洋戦争終戦を期して、荒廃した中にも復興への槌音がかしこに響きはじめてきました。
外地から多くの引き上げ者が帰国し、新しい仕事に就く中で
一息いれる場所に三々五々にいろいろな人たちが集まるようになりました。
その一つが喫茶店だったわけです。
同席した人たちの語らいの中から、やがてお国自慢がはじまり思い出話がつのります。
そして、印象深い歌が口ずさまれはじめます。
となると、歌は人から人へと伝わり、あの歌もこの歌もと大きな歌声となっていきます。
この時期、こうした人たちが歌える喫茶店が何軒かあったようですが、
なんといっても昭和29年に営業開始した歌声喫茶「灯」の存在は大きく、一つの業態としてのモデルとなりました。
歌唱リーダーによる歌のリード、ピアノとアコーディオンによる生演奏、
お客からのリクエストの受け付け、歌集の作成などいずれも当時のスタッフたちによる創案でした。

歌声はイデオロギーを超えた
歌声喫茶「灯」がオープンした前年に、中央合唱団による「日本のうたごえ」というイベントが開催されました。
これを機に全国うたごえ運動が展開されるようになり、
現在では「日本のうたごえ全国協議会」が中心となって各地で活動をしています。
中央合唱団やこの運動に参加する多くの人たちが、労働組組合などの組織にかかわっていたため
「歌声喫茶は××主義のたまり場」などと揶揄されたこともあるようです。
圧倒的に多数だった労働者が憩う場所だったために、主義を掲げた人たちが集まるイメージが強まったようです。
実際には歌を歌うことで、相互理解の促進と豊かな心の成長に資するといったところが人々に支持され、
50年以上にもわたって続けられている理由ではないかと思われます。
今、若い世代は情緒的要素が希薄となり、ゆとりや潤いを求めるという反動につながっているようにも感じます。
町中では子どもたちの歌声が聞けなくなり、家族や友人と共に歌う機会が無くなり…
といった最近の傾向に心寒からじと感じる次第です。
歌は「共に歌う」ことによって、協調の心を育て、歌の心を理解する感性を培っていくのだと思います。
人気アーティストの歌や演奏を聴くのもいいし、カラオケでエンターティナーに成り切るのもいいのですが、
「共に歌う」という味わいを多くの人に体感してもらいたいものです。

新しい時代にこそ歌声文化を
「灯」の人気は絶大で、入店待ちお客のために店内は何回かの入れ替え制としました。
このため、店の外では何十人もの人たちが行列をつくっていたほどです。
また、今でいうこのビジネスモデルを手本にして全国に歌声喫茶がオープンし、
一時は100軒をはるかに超えるほど全国津々浦々にまで歌声喫茶が普及していきました。
これらの店鋪に対して「灯」はノウハウの指導やスタッフの派遣までこなしたこともあります。
「灯」は後に「ともしび」という支店をオープンさせて、現在も営業を続けています。
また「ともしび」だけでなく、「カチューシャ」「どん底」「家路」などの歌声喫茶もいまだに元気な歌声を響かせています。
地方においても仙台では「バラライカ」、名古屋の「ラウム」、福岡の「カンターレ」など現役の歌声喫茶もまだまだあります。
検索キーワードで「歌声喫茶」から全国の歌声喫茶情報を見ることができます。

これからも歌声好きの人たちにとっては守り続けていきたいお店です。
また、歌声喫茶で活躍(?)していた人たちが地域でのサークル活動で実施しているケースも多いようです。
歌声喫茶が蒔いた「歌声文化」はこれからもたくさんの人たちによってその明かりを灯し続けていくことでしょう。